9月

 

 

 

30(金)   コンパクトディスクの価値

 

 


   このあいだの日曜日。

   美容室で髪を切り、街をぶらつく。楽器屋でギターの弦を買い、なんとなくCDショップへ。

   良さそうなCDがあれば買おうかな、と思いながら店内をうろうろするのだけど、結局何も買わずに店を出てしまう。


   CDを買わなくなって久しい。iPodを使うようになってからその傾向に一層拍車がかかった。


   iPodに代表されるミュージックプレイヤーの普及によってコンパクトディスクの価値が変わってしまったのだと思う。「お気に入りのミュージシャンの曲が入っている大切なもの」だったCDが、今では「曲のデータが書き込まれたメディア」になってしまった。ぼくの場合、CDに入っている曲をパソコンのハードディスクに読み込んでしまうとCDで音楽を再生することはほとんどない。よほど好きなミュージシャンでない限り、歌詞カードや解説を読むことはない。


   せめてビートルズとかボブディランクラスのミュージシャンのCDは、レンタルなどはせずにCDショップでお金を払って手元に置きたいと常々思っている。だけど図書館のCDコーナーの前に立つとその気持ちも揺らいでしまう。棚にはビートルズのアンソロジーや、ディランのロイヤルアルバートホールのライブ盤なんかも揃っている。しかも借りるのはタダだしね。優れた文化遺産にはしかるべき対価を払おうとするけなげな気持ちも、タダの魅力にはかなわない。

 

 

 

 

 

 

21(水)   性欲という名のマンドリン  .....性欲シリーズ第二弾.....

 

 


   10年ほどまえの話。

   気持ちのよい日曜日の昼下がり、ぼくの部屋の電話が鳴った。母からだった。このあいだ新宿の歌舞伎町で火事があったが、おまえはだいじょうぶか?という内容だった。ぼくは新宿に出かけることは滅多になかった。だから歌舞伎町の火事とぼくの無事がどう結びつくのかよくわからなかったが、元気でやっていると適当に返事をしておいた。

   母からの電話の意味がわかったのは、朝刊を読んだときだ。先日、歌舞伎町の雑居ビルで火災があり、死傷者が多数出ていた。ビルのテナントに風俗店なども入っていて、防火対策の不備の可能性があると新聞は報じていた。

   風俗店が入っているビルの火災をニュースで知った母が、息子の身を案じたのだろう。もちろん親心なのは判る。でもぼくとしては複雑な気分だ。まったく潔癖とは言わないが、風俗店などまず行かないんだけどな。

   だけどそれなら、とぼくは頭のなかのエロモードのスイッチをONにした。そう思われてるんなら繰り出しちゃおうかな歌舞伎町の風俗街へ。財布の中身を確認しておもむろに部屋を出る。こういう時は行動が異様に素早いオレだ。


   電車を乗り継ぎ新宿へ向かう。JR新宿駅の東口の階段を上がり地下に出る。目の前にアルタがある出口だ。

   大通りの横断歩道を渡り、歌舞伎町めざしてゆるい下り坂を歩いていると右側に楽器屋があった。たしかクロサワ楽器だったと思う。

   店頭にマンドリンが飾ってあった。ボディにキズがついていて、かなり値引きされているみたいだ。いま持っている金で買える値段である。

 ぼくは人が行き交うなかしばらくの間立ち止まり、飾られているマンドリンを見ていた。このタイミングを逃したらマンドリンを手に入れる機会は二度とないだろう。

   結局ぼくはそのマンドリンを買った。風俗店の受付でやり取りされるはずだった何枚かの一万円札は、楽器屋の長髪の店員に支払われた。

 

 

  欧米のミュージシャンは、愛着のあるギターにしばしばニックネームをつける。「オレのNo.1」とか「ルシール」だとか。それに倣って言うと、ぼくのマンドリンはさしずめ「性欲」だ。性欲という名のマンドリン。かっこいいな。テネシー・ウィリアムズの戯曲の題名みたいだ。   

 

 

 

19(月)   あなたは他人の性欲を "見た" ことがありますか?

 

 


   あなたは他人の性欲を "見た" ことがありますか?ぼくは見たことがある。ぼくはその時ありありと、手に取るようにその人の欲望を感じることができた。


   もう20年も前の話、20代半ばの頃のことだ。

   ぼくはファッションヘルスの待合室にいた。遊びに行ったのではなくて、ぼくはその頃仕事でそういう性風俗店によく出入りをしていた。

   いちおう説明しておくと、ファッションヘルスというのは本番行為を行わない性風俗店のことです。

 

 

   店のドアを遠慮がちにあけて中年の女性が入ってきた。地味な身なりのおとなしそうな人で、風俗店に用がある人とはとても思えない。けれど店長は女性と顔見知りらしく愛想のいい笑顔で彼女を迎えた。

   女性のうしろに男の人が立っていた。女性と同年輩、あるいはいくつか年上だろうか。手に白い杖を持っていた。

   女性は福祉関係か、ボランティアの人なのだろう。目の不自由な男の人を店まで連れてきたのだ。しばらくして男の人を残して店を出ていった。

 店長はゆっくり男の人の手を引いて待合室のソファに座らせた。

   待合室にあるテレビはエロビデオを流していた。テレビ画面のなかで一組の男女が裸でもつれ合っているところだった。テレビのなかであえいでいる女の声を聞いて、男の人は白い杖をぎゅっと握りしめた。

「おおっ!」男の人は感極まって声にならない声を発した。スティービーワンダーがコンサート中、歌っている時に見せる表情に似ていた。

  自分を落ち着かせるためにその人は膝がしらに手を置き、姿勢を正した。でも右手の指はなにかを求めるかのようにせわしなく動いていた。

   ギターのアルペジオのような、クモの脚のような右手の指の動きは本人にも止められないみたいだった。それはその人の意志とは関係なく溢れ出る欲望のように思えた。

 


   今でもあの男の人がはいていたズボンのくたびれ具合や、その上で動く指を思い出すことが出来る。あのときぼくは確かにあの人の性欲を見たんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18(日)   うっかり手が触れただけなのに.  .  .  .  

 

 


   コンビニやスーパーのレジで、お釣りを返すときに両手を使う店員さんが時々いる。右手でお釣りをぼくの手のひらに載せながら、左手をぼくの手のひらの下に添えるのだ。一瞬、空中でぼくの手のひらを包む形になる。なぜそんなことをするのかはわからない。接客マニュアルに両手を使ったほうがより丁寧です、とでも書いてあるのかもしれない。

   研修中の札をつけた、女子高生らしき店員さんからお釣りをもらう時、ぼくの手のひらと彼女が差し出した左手が触れたりすることがある。まだ慣れてないからうっかり触っちゃっただけなんだけど、不意に手が触れ合うとなんだかドキッとする。オトコってバカですね~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10(土)   ひと夏の婚活 vs 四半世紀の婚活

 

 


   昼間の日差しはまだ厳しいままだけど、朝の空気はかなりひんやりしている。ぼくは朝が早い仕事をしているのでそういう変化はよくわかるんです。

   今朝、会社に向かう途中の公園で、季節外れのセミが一匹鳴いていた。

   うろ覚えの知識で何なんですけど、たしかセミって鳴くのはオスだけで、メスを求めて鳴いているんですよね?だけどこの公園にはメスはおろか仲間のセミすらいないみたいだ。

「あのセミはメスを見つけられずに死んじゃうかもな」ぼくは自転車をこぎながら考えた。長い地中生活の後、地上に出て来て夏の終わりに配偶者を探すけど叶わず死んでしまう。なんだかかわいそうだな。婚活が夏の一時期だけっていうのはちょっとキビシイよな。


   ところでおれはどうなんだ?ハタチから計算すると25年も婚活していることになるのかな?結婚願望を持って2,30代を生きてきたわけじゃないけど、セミに言わせれば「25年かけても配偶者が見つからないのかなカナカナ」ということになるのかも知れない。

 


「カナカナと鳴くのは何て言う名前のセミだっけ?」などとしょうもないことを考えながら自転車をこぎ続けた。45歳の夏がもう終わる。